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2012年02月16日 運、不運にとらわれない





人間万事塞翁が馬


中国北部、国境の砦の近くに老人が住んでいた。
ある日、老人の馬が異民族の地に逃げた。
人々が慰めると、老人は言った。


新聞


「これがどうして、福をもたらさないといえようか」

数ヶ月後、その馬が駿馬を連れて戻って来た。
人々が祝いを言うと老人は言った。

「これがどうして禍いをもたらさないといえようか」

老人の息子は乗馬を好んだが、ある日落馬、骨折した。
見舞いに来た人に老人は言った。

「これがどうして、福をもたらさないといえようか」

それから1年ばかり後、塞に異民族がせめて来た。
男どもは弓を持って戦ったが10人中9人は死んだ。
だが、老人の息子は、怪我のため戦争に行かずにすんだ・・・・

前漢、武帝の頃というから2150年ほど前の思想書「准南子」の中の故事である。

禍いと、幸運は表裏一体、
「だからこそ、その場その場の運・不運にとらわれず、最善を尽くすことが大切なんです」(後略)

(2/10 読売新聞夕刊「言葉のアルバム」 
歌舞伎俳優 中村吉右衛門さんへのインタビューより)



「人間万事塞翁が馬」
私は10歳のとき、家内は12歳で母親と死別しております。
昨年、家内の母の妹と身内がなくなられて、50年以上ごぶさたしていながら、
最後のお別れに行ってまいりました。
身よりのない方でしたので、先日、身辺を整理された方からのお礼が届きました。
ささやかなものですが、50年も経って死んだ母親が娘に何か残したようです。
片親で生きて来たことを不運と思い、羞じた若い時代がお互いありました。
人生は本当に何が起きるか分からない、ちゃんと生きなければいけない。
そういうことを、日々思っております。





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